不逞者(ふていもの) 
宮崎 学

角川春樹事務所
ISBN4-89456-047-X
定価 1600円+税

鈴木洋美 評
1998/4/21


「不逞者」という言葉には、少々危険だが魅力的な響きがある。世の中の規範からはずれた輩、ふてぶてしさの中にも人間的バイタリティにあふれるやつ。本書は、愚連隊・万年東一(まんねん・とういち)と在日の星・金天海(キム・チョンヘ)の二人の「不逞者」を通して、もう一つの昭和史にアプローチした本である。
 確かに、これは異質な「昭和史」だ。公然と語られることなのない、「アウトロー」たちの評伝を通して、歴史を読み替えようというのである。
 著者が、利に走り上下関係に基盤を置く「やくざ」とは違う、「愚連隊」だったという万年東一は、1938年、当時社会大衆党の党首安部磯雄襲撃してファシズム体制づくりに一役買うなど「権力の手先」をつとめた。また、焼け跡の闇市を仕切った。戦後の混乱期に起きた東宝争議では、会社側につきスト破りもした。もちろん、「思想」など持ち合わせてはいない。ただ「身体をはって」て生きただけだ。
 一方、金天海は、戦前・戦中・戦後を通して、在日朝鮮人運動のオルガナイザーとして活躍した。日本に仏教を勉強しに渡って来たのものの、民族への熱き思いから運動に飛び込み、日本の敗戦である1945年、日本共産党の大物、徳田球一とともに出獄するまで都合13年獄中に暮らす。高潔で人情家。ただ、理論に弱く、演説はからきしだめ。が、人望には熱く、オルグした労働者たちからは「頭領」と慕われる。朝鮮戦争の始まる直前に北朝鮮に渡りその地にとどまる。その後の生死は知れない。粛清された可能性が高い。
 と、本書は、二人の「不逞者」を、かつて雑誌記者としてならした著者が、取材・資料収集を通して綿密に人物像浮き彫りにする。文章は読みやすく、軽快。が、最後まで、納得できないことがある。著者は、「敗戦直後の日本での在日朝鮮人が発揮したパワー、これに対抗したヤクザを中心とするアウトローの役割が、……、昭和史を貫く底流として見えてこなければ、保守も革新も、自由も語れないのではないか」といい、体制に抵抗した金天海と体制確立の汚れ役となった万年東一が、法と秩序をはみ出たという点で、対照的でありながらも、同じ平面に立つ、という。ここから、著者の近代日本の政治的国家と市民社会批判へと、筆はさらに進んで行くのであるが、はたしてどうだろう。ぼくには、二人を同一の平面に置くことに抵抗がある。たとえ人間的な魅力があったとしても、万年東一の行動に対して肯定することはできない。所詮ファシズム体制に加担したのではないか、という思いが拭えないのである。だから、金天海と同列に並べにくいのである。
 また、本書では、組織を離れ、個人で既存の秩序と戦い未来に果敢に挑戦していくことに対する、著者の憧憬にも似た強い思いが語られている。ヤクザの組長の家に生まれ、学生運動に加わり、権力であれ反権力であれ、組織には自ずと体制が厳然と存在すること見たという著者は、体制との緊張感を保つ中で「自分個人としての生の飛躍をなしとげていく」ことに最大の価値を置く。だから、ついつい70年安保世代の「暴力」「身体性」礼賛を登場人物に投影しただけではないか、と反発したくなるが、結局最後まで読んでしまう。これが本書の魅力ということか。読後感は少々やっかいである。




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