思春期を奪われる子どもたち
伊藤悟・やなせりゅうた 編著


あゆみ出版
定価 1500円+税
1998.2刊
渡辺洋 評
1998/02/24

 時節柄、子供や教育をテーマにした雑誌の特集やムック、単行本の出版が目立つ。デザインや執筆者など、それなりに金をかけて作った大出版社や新聞社のものなど、もっともらしく書店をにぎわせているけれど、何冊かめくってみても買って読む気はしない。皆さん、これがビジネス・チャンスとばかり頑張っているのが伝わってくるだけで、どこか転倒している気がしてしまう。
 その辺を平たく言うと、テレビを見れば有名だというだけの理由で、タレントが1時間もボール投げやら、ある漢字の入っている有名人の名前をどれだけ言えるか競うとか、小学校のお楽しみ会みたいな番組があふれていてうんざりするのと同じで、ちょっと名の出た書き手がもっともらしいことをいくら書いても何も変わりゃしないさと思ってしまうのだ。もちろん彼らとて何がしかの努力を経て発言を求められる地位を築いたのだろうが、それがどこからか、辺見庸さんの本のタイトルをもじって言えば「もの言う人びと」というだけの存在になり、タレントがメークやおしゃれがうまくなるように、求められたスタンスに沿ってもっともらしいことをうまく言って紙面を埋める言葉を日々いかにもプロっぽく巻き散らすのにはうんざりしてしまうのだ(中には、このオリンピック期間中、小学生新聞に投稿しても入選しないような、ど下手な俳句を顔写真付きで某新聞の夕刊に連日載せていた俳人なんて、この人は自分に課した基準さえないのだろうかと疑わさせられる人もいたが、この人はちょっと飛び抜けた例外かも)。
 いやいや、子供と教育についての本の書評でしたね。この本はいわゆる教育系の出版社から出た地味な本で、書いている人々も元教師、現役の教師、父兄、同性愛者や障害者の方々など、その道に日頃から興味を持っているのでなければ知らない人々ばかり、そしてその発言は、大会社の本に載る、いかにも読んで明日の昼飯時に真似して言えばもっともらしく聞こえるだろうな、と読者が期待するような意見のサンプルではなくて、すごく生(なま)なんです。たとえば、ある教師ができるだけ管理しないクラス運営をして、行事などは生徒たちが自分たちで熱くなってどんどん計画したり練習したりするようになった、なんて話の後で、でもこれだけやってもクラスの中のいじめや不登校をなくせなかったなんて展開は、明日かっこつけるために本を読んで納得したい人はやっぱりがっかりするでしょうね。
 でもね、現実なんだからさ、「金八先生」みたいに「贈る言葉」でエンディングというわけにはいかないんですよ、そこがすごく大切なんですよ、ということが本を読むだけで納得・安心したい一般ピープルはもちろん、教師という立場に立って、生徒を殴ったり持ち物を取り上げたりする自分を爪の先ほども疑うことなく、自分は先生様だと思い込んで年金や定年の心配してる一般教師や、何か言わないと形がつかないからしゃべってるだけの政治家(自分のあまりの言行不一致にまた一人死にましたが)や、さっきの「もの言う人びと」や彼らをプロデュースしている記者・編集者にはきっとわからないだろうなあ。自分の傷がまだ生々しい中高生だったらわかるかもしれない、そんな生(なま)さを持っているめずらしい本として推薦したいです。
 本好きの方々には多分伝わらないかも。本当の現実というのは、読むことではなくて、自分という存在に苦しむことからしか見えてこないなんてことはね。


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