棚の仙人、降りてこい

――本と人が出会うところをもうひとつ

 なじみの本屋さんにはなじみの棚がある。棚の前に立って、おまじないのごとく「私今何読みたいんでしょう」と問いかけると、むくむくと棚に住みつく仙人現れてご指南してくれる。こういうのはどう? あ、違う? じゃこれは?とか話しながら本を選ぶ。そろそろ君にもこの本はどうかね、とずっと前から置いてあった本を手に取らせたりする。この棚の奥に住む仙人みたいな人に会いにその店に行くのだと思う。
 そういう仙人に最近おめにかかりにくい。どこにいるんだ、仙人! と嘆きつつ、いざ本を買うとなると大書店に電話して、目当ての本があるかないか聞いてから行くというのが習慣になってしまった。薄情だけど小さい本屋で注文待ってる時間はないんものなあ。あてずっぽうに大書店に入っても、半日ふらふらして酸欠気味のデパート疲れのような悲しい気分になって店を出ることになる。私、ほんとに何が読みたいんでしょう?とわからなくなる。棚の仙人、たすけてくれい。
 本だけでなく、料理や野菜やコーヒーなどなど、世間に行き交う品々のやりとりのなかには、それらの品が匿名でありつつも、ある一人からある一人である「私」に手渡されているという感覚があったはずだ。その感覚の奥に、実際にやりとりの相手となった特定の人の存在でなく、やりとりを可能にしている働きが感じられていて、それぞれがカマドの神様とか、名前をつけられて呼ばれていたのかなと思う。神様といっても、よろずの神様といわれるインディーズの神様。インターネットというメディアは、こういうちっこい神様たちの新しい棲み家になれるかもしれない、と思う。
 インターネットの中に棚の仙人を呼んでこれないだろうか。棚住まいの仙人とは、つまりは本のナビゲーターだ。ちょっと個人的な相談にものってくれそうな、本の縁結びをしてくれるそうな。その神様(ここではなぜか仙人だけど)の住処を作ってみよう。そんなふうにして、インターネットを介することで、これまであり得ないと思っていた品々との出会い方、関わり方を、本を手渡す関係にいかせないだろうか。書評ホームページ&書評パンチは考えている。
 今日ここに来てくれたみなさん、駅前の本屋さんの感覚で、コーヒー屋に寄る程度の生活リズムでまたちょこちょことまたぜひ寄って下さい。本を手渡そうとする言葉をできるだけたくさん集めてお待ちしてます。 それとその書評ですが、ぜひ書いて下さいませ!偉い人、賢い人だけの書評じゃなくて、もう少し楽な感じでやってみよう。やって来る誰もが本に関する愛の言葉をささやきあえるといいなあ。誰だって、一冊や二冊、この本いいよと手渡せる言葉のある本が、あるはずです。そういうの、集めたいです。
 本は、手渡す人あって、私やあなたの手元にやってきたんでした。本を手渡す場所をもう一つ作りましょう。手渡す人にみんながなってしまおう。そうやって少しずつやっていこう。棚の仙人、降りてこい!

書評ホームページ副発行人 賀内麻由子(かうち まゆこ)

copyright Kauchi Mayuko 1999

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