サル、キジ、イヌ座談会

佐野さんの『誰が本を殺すのか』について、サル、キジ、イヌで座談会を行った。

佐野眞一『誰が本を殺すのか』(プレジデント社、2001)合評会

(前半)

(サル)みなさんいつ読みましたか。僕はこないだ、一晩で一気に読んだ。

(キジ)ぼくは2月のはじめ、ゲラで読んだ。『プレジデント』に連載されていたときは断片的だったから、こういう本になるとは思わなかった。

(サル)最初に思ったのは、『東電OL殺人事件』とタイトルが似てる(笑)。うまいタイトルだよね。おっ、という気を起こさせるし、「犯人探し」のノンフィクションという感じが出てる。でも、実際は業界以外のどこまで声が届くかな?

(キジ)佐野ファンは読むでしょう。

(イヌ)編集者は読むかな?

(キジ)少し業界向けだから、一般の人は入り込めないかも知れない。

(サル)とにかく、網羅的に出版業界の人に実際にあって話を聞 いている。それがおもしろいよね。それに、意外と悲壮感がない。「本」が死にそうだということが、佐野さんはすなおに事件として面白いんだろうな。だから、クールかつ好奇心をもって接してる。

(イヌ)編集部から電話が掛かってきて、突然歳を聞かれた。僕の発言が一番最後に載っているけど、なんで取材に来てくれなかったんだろう?

(キジ)この本を書く理由としては、米子の「本の学校」のインパクトが強い。でも「こんなことまで言ったか」という人(被取材者)も多い。紀伊國屋の松原さんブックサービスのや木村さんなんか。こんなには言っていいのかなって感じもする。

(イヌ)飲み屋話が取られて困っているとか。

(キジ)取り上げている書店の人は先端にいる人ばかり。それだけでも面白い。出版というものが今、澱が溜まりカオス状態になりながら、特に書店サイドからマグマのようなエネルギーが出始めていることを感じている。

(イヌ)図書館のところが石井さん、常世田さん。この二人というのがすごいね。

(サル)この大胆な人選は、外からの視点だからできるんだね。

(イヌ)新潮社の佐藤さんについてなど、出版界は「一人天才が現れれば助かる世界」という認識があるんじゃないかな。業界人の多くは、構造的な問題だと思わない。

(キジ)確かに、編集者や作家といった個人に問題を還元する場合と流通機構だとか業界といった構造的なものに還元する場合とある。佐野さんは多分今の出版の構造や本それ自体が面白くないんだろうな。

(サル)残念なのは、索引が載ってないこと。ついてればそれだけでも面白いのに。

(キジ)索引はネット上で公開している。何せ個人名が多すぎるんで。その人たちをたどっていったら面白いリンク集ができるだろうね。

(サル)え、それは知らなかった。良いアイデアだ。すごく面白いね。

(イヌ)『本の雑誌』への取材が面白い。

(サル)でも、「人」によって物語を語る、というノンフィクションとしてはおもしろいけど、出版界の構造的な問題については、あまり分析してないね。

(キジ)でも佐野さんはそれがやりたかった。僕が思ったのは「いい線いってる」ってこと。何故こういう出版界構造になったのかということをもっと歴史的に押さえなくてはいけない。でもそこまでやったら業界史になる。やっぱりノンフィクションライターとして突っぱねている部分もあると思う。でも本の中に社長は出てきても一般的な編集者が出てこない。連載を見たときはこういう本になると は思わなかった。佐野さんにインタビューしたとき、「言いたいことは全部言えましたか」と聞いたら「全部書き尽くした」といっていた。

(イヌ)評論家としてやっていこうという気がないから。

(キジ)この本は売れ行きもよく、神田の東京堂書店では70部が初日で完売。紀伊國屋書店新宿本店では何カ所にも多面展示していた。

(サル)本の構成としては、最後に電子出版で終わるところは少し楽観的かなと思うけど、「お話」としてはそれが収まりがよかったのかな。

(キジ)話を聞いたら、最初電子出版から入ったんだけど、続けていくうちに流通が面白くなったって話のようだね。

(サル)やっぱり「人」の面白さの方にいっちゃったんだね(笑)。

(キジ)倉庫見てるけど、そこまではいるとダメだという感じもあったんだろう。

(イヌ)本がすぐ届かないという問題があまりないような気がするんだけど。

(キジ)本屋がマージンが少なくて経営が成り立たないとか、物流のシステムなんかの話はさらっと流しているね。

(イヌ)面白くなかったのかな。畑山さんも頑張っているひとという感じで出てくる。多分、ビジネスライクな人は嫌いなんだよ。

(キジ)アマゾンの長谷川さんのことは「本が嫌い」なんだろうとか、本が好きかどうかで判断しているところがあるね。

(サル)でもアカデミー出版にまで出かけて行くとは……。

(キジ)フットワーク軽い。

(サル)そう。それに会う人の勘がいい。自分で人選しているのかな?

(イヌ)佐野さんが、編集部の石井さんと一緒にしているんじゃないの。

(サル)でも佐野さん、最初は「本の学校」になぜいったんだろう?

(イヌ)取材でしょう。

(サル)そこで感化されたんだね。ところでイヌさん、自分に取材がなかった、って残念がってたけど、佐野さんに取材されてたら言いたいこと何?

(イヌ)やっぱり理屈っぽく構造的なことを言うだろうな。だから、きてもらえなかったのかな。

(イヌ)佐野さんって何かぼそぼそとものを話して反応が悪そう。だから聞かれている方が言い過ぎちゃう、説明し過ぎちゃう。

(キジ)聞かれている方の視線を読みとっている。場の雰囲気で「言った」ことになっている。取材の時にテープ取るのかな。眺めていると何となく人脈がみえてくる。

(キジ)佐野さんはジャーナリスティックな手法で言葉をキーワード的に使う。そしてこっちはうまく話したつもりでも、そう使ってくれるとは限らない。

(サル)そうそう。基本的に客観的記述を心がけている。本の流通が大変化しているという 「事件」への好奇心が先に立ってるから。でも、それをお話にするとき、やや「古き良き本」へのロマンティシズムがにじみ出てくる。だから読みやすいんだけど、そこで問題点がごまかされちゃってる気がするな。

(キジ)「本」というのでは対象が大きすぎるんじゃないか。少し細かいところが散漫な気がする。かといって『巨怪伝』のように1人の人をみると歴史になるし。変化をみるには1人の「人」じゃないということなのかな。

(イヌ)みんなで本を殺していると言いたいのかなと思うんだけど。

(サル)それじゃ『オリエント急行殺人事件』だ(笑)

(キジ)「読者に責任があるんじゃないか」というスタンスなんじゃないかな。

(サル)でも、それってまさにロマンティシズムだと思う。だから、いまの本を読まない読者へのスタンスや言い方も紋切り型に なりやすい。永江朗さんもどこかで書いていたけど、『ダ・ヴィンチ』をああいうふうに言ってもしかたない。もっと、今の大学生とかに取材してみればばよかったのに。

(イヌ)書いても仕方のないような、マイナスのことは書かない。読者に投げ出したのかな。