出版社、訪問日記 第9回ウェッジ読者対象を4、50代の、ビジネスシーンでの意志決定権を持つ管理職層に限定し、未曾有の危機に直面する日本経済を最先端で扱っているビジネス情報誌に、(株)ウエッジが刊行する月刊誌『WEDGE』がある。発行部数は25万部。その内、定期購読の直接販売が三割以上を占める。と言っても知らない、聞いたことがないと首をかしげる書店員が大半であろう。なぜなのか。東京都千代田区内神田。JR神田駅から歩いて10分ほどのところのビルの5階に事務所を置く(株)ウェッジを訪ね、松本怜子編集長に話を聞いた。 冷戦が終結し、グローバル化が波のように押し寄せ、日本経済がバブルに踊っていた80年代末、JR東海は、新幹線を利用し東京大阪間を往復するビジネスマンが旅客全体の6、7割に達したのに対処するべく、ハード面のさまざまなサービスを推進した。いわく車両の改善であり、社内電話の設置等である。89年3月にはこれらに加えて、ソフト面でのサービスとして、低価格で車内で読み切れ、しかも市販の雑誌としての認知も得られるような情報誌の刊行を企て、JR東海グループ関連会社、(株)ウエッジを設立した。こうして、同年4月20日に創刊された『WEDGE』は、4、50代のビジネスマンの問題意識に沿った誌面構成に徹して部数をのばし、98年7月で通刊100号を迎えた。内容をそこに絞り込んだ訳は、創刊の経緯からして、うなずけるところだ。4、50代のビジネスマンの問題意識について松本さんは、「日本人のビジネスマンは凄くまじめ。意識レベルも高く、自分自身を高め、企業の領域に関するものにはどん欲に興味をもつ。いかにして自分を磨き上げていくかに関心がある」と分析した。 新幹線「のぞみ」が運行を開始した際に、グリーン車の全座席に無料のサービスとして採用されるなど親会社・子会社一体となった支援協力は、どこにでもあるといったものではない。どのような関係にあるかというと、ビジネス書の刊行を得意とする出版社は、サラリーマンの動向を外部への取材によって得ているところが普通であろう。しかし、(株)ウエッジには、JR東海からの出向社員が数名営業部に配属されている。サラリーマンが社内にいるのだ。そのため、取材や記事の善し悪しを判断するモニターには事欠かない。それを梃子にし、常に4、50代のビジネスマンの関心にあわせた雑誌を刊行して、創刊以来確実に読者の世代交代が行われている。そこが、(株)ウエッジの強みであろう。この間の主な販路は、キヨスクや地下鉄等の駅売店、新幹線車内のワゴンといった「ビジネス現場」である。といってもそれは、JR東海が営業圏をもつエリアに限られるという。旧国鉄分割民営化の影響はこのようなところに現れる。
書店員にはなじみの薄い『WEDGE』をこのように紹介すれば、その内容に興味をもたれるだろう。松本さんは、創刊にあたり、誌面の目玉のひとつとして、世界情勢を広く深く理解している知識人のネットワークを作ることから始めた。その中で浮かび上がってきたことのひとつに、統合に向けて動き出しているECについての情報の乏しさがあった。そこで、日本にいては読みにくいヨーロッパの第一次情報を、歴史をちりばめ幅広い角度から分析紹介するコラムの連載を企画し、当時ロンドンに駐在していたジャーナリストの横山三四郎さんに依頼するべく、イギリスに出向いた。幸い松本さんの企画意図は、ヨーロッパの変動は凄い、この意味は日本にとっても重要な意味をもつという思いを抱いていた横山さんと一致するものであり、コラム「ヨーロッパの明日」が始まった。こうして始まったこの連載はそれ以来10年を越えるロングランとなっている。 これまでに、(株)ウエッジは、飯塚昭男著『「新」幹部心得帳』を皮切りに、雑誌連載の記事を編集し直した単行本を、14点刊行している。このほど、横山さんの連載の主なものをテーマ毎に章立てして編集した『ユーロパワー日本を襲う』が15点目の新刊として刊行された。 99年1月元旦、曲折を経ながらも粛々として進んできた単一通貨ユーロを創出するEUの通貨統合は、ドイツ、イタリア、フランスなど参加する11カ国によって歴史的実験のスタートをきった。ドルと並ぶ基軸通貨、ユーロは、2002年1月1日までは紙幣、硬貨が発行されず、企業間の取引や銀行間の決済などのみに使用される。そして、同年7月1日には参加11カ国の通貨が姿を消すこととになる。横山さんは、このようなユウロ通貨の創出を、細分化し、戦い尽くしたヨーロッパを結束させ、国際政治に安全保障をももたらすと説く。ユーロ10年の歩みを読むことは、ヨーロッパ発の国際秩序の再構築が今起きていることを伝え、地球規模でものを見ることを示唆する。時期を得た刊行である。著者と編集者の思いを満たしたこの本は、多くの書評に採りあげられ、三省堂書店神田本店では、10週にわたりベストテン入りを果たすなど好調に売り上げをのばしている。 出版界には外部からの参入をともすれば蔑視する傾向があるが、このような出版社が新たな著者を発掘し、出版の多様性を確保し、全体の活性化に貢献していることを知った訪問であった。 ******************************* (小島 1999.2)
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